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マイ・フーリッシュ・ハート

音楽だけの、愚かな人生だったのかー

Sweet Thursday チェット・ベイカーナイト開催!

Introduction イントロダクション

ジャズ界のレジェンドから悲しきジャンキーへと堕ちたチェット・ベイカーの知られざる最期の数日間を映画化

1950年代のジャズ・シーンに彗星のごとく現れ、唯一無二の魅惑を湛えたトランペットの清冽な音色と中性的な歌声によって、巨人マイルス・デイヴィスを凌ぐほどの人気を獲得したチェット・ベイカー。端正なルックスゆえに“ジャズ界のジェームス・ディーン”と呼ばれたこの天才ミュージシャンは、ドラッグ依存によって心身をひどく蝕まれ、悲劇的な人生を送ったことでも知られている。1960年代にキャリア終焉の危機に陥ったチェットが、どん底から奇跡的なカムバックを遂げていく様を描いたイーサン・ホーク主演作『ブルーに生まれついて』(2015)が、多くの観客の胸を打ったことも記憶に新しい。

このようにウエストコースト・ジャズのスーパースターから、悲しき孤独なジャンキーへと堕ちていったチェットは、その極端に起伏の激しい人生そのものまで伝説化されてきたが、彼が58歳の時にオランダ・アムステルダムのホテルから転落死した際の真相は、未だ謎のベールに覆われている。オランダの新鋭、ロルフ・ヴァン・アイク監督が撮り上げた『マイ・フーリッシュ・ハート』は、チェットの“最期の数日間”に焦点を絞った野心的な長編デビュー作。『ブルーに生まれついて』の後日談としても興味の尽きない異色の伝記ドラマである。

1988年5月13日金曜日、午前3時。アムステルダムに滞在中のチェット・ベイカーが、宿泊先のホテル2階の窓から落下して死亡した。現場に駆けつけた地元の刑事ルーカスは、前夜に出演予定のライブ会場に姿を見せなかったチェットの身に何が起こったのかを調べ始める。マネージャーのピーター、医師のフィールグッド、ルームメイトのサイモン、そしてチェットの最愛の女性サラ。彼らから話を聞いたルーカスは、チェットのずたずたに傷ついた心の闇に触れ、プライベートに問題を抱えた自らの苦境を彼に重ね合わせるようにして捜査にのめり込んでいく。やがてチェットがドラッグディーラーに借金返済を迫られていた事実も明らかになるなか、ルーカスがたどり着いた“真実”とは……。

孤高の天才は、なぜ異国のホテルで息絶えたのか? 数々の名曲をフィーチャーしたノワール調の映像世界

ジャズの歴史に輝かしい功績を残したチェット・ベイカーは、なぜ異国オランダの道ばたで無残に息絶えたのか。場末のホテルの窓から転落死した事実は明白だが、それが投身自殺だったのか、不慮の事故か、それとも何者かに突き落とされたのかは特定されていない。20代初めの頃、チェットの音楽に深い感銘を受けたというロルフ・ヴァン・アイク監督は、チェットに関する伝記本や記事を読みあさり、生前の彼を知る関係者たちへのインタビューを実施。リサーチに3年の歳月を費やし、本作の脚本を書き上げた。

チェットの死の真相を探る刑事ルーカスは架空のキャラクターだが、そのほか多くの登場人物は実在しており、チェットの知られざる最期の日々がきめ細やかに再現されている。また、幾多の事実をベースにしながらも独自のフィクションを織り交ぜた映像世界は、時間軸が奇妙に入り組み、妖しい色彩美、幻惑的な光と影のコントラストに彩られている。死に至る直前までやるせない孤独感に苛まれ、愛を求めてあてどなく彷徨していたチェットの心模様を象徴するかのようなフィルムノワール調のミステリー映画として完成した。

チェットを演じるのは、アイルランドの俳優兼ロック・ミュージシャンであるスティーヴ・ウォール。他者に愛情を素直に伝えることができず、どうしようもなく無力で傷つきやすい魂を内に秘めたチェットの生き様を体現するとともに、劇中では観る者の心を震わす歌声を披露している。演奏の吹替を担当したのは人気トランペッターのルード・ブレールス。タイトル曲「マイ・フーリッシュ・ハート」を始め、「マイ・ファニー・バレンタイン」などの名曲のライブやスタジオでの演奏シーンをふんだんにフィーチャーした本作は、本格的な音楽映画でもある。

Story ストーリー

1988年5月13日、金曜日の未明。ひとりの男がオランダ・アムステルダムのホテルの窓から転落した。いち早く現場に駆けつけた地元の刑事ルーカス(ハイス・ナバー)は、うつ伏せの状態で頭部から血を流している遺体を確認すると、その男が落ちた2階の窓辺に謎めいた人影を目撃する。しかし殺風景な部屋の内部には誰もおらず、机にはドラッグ用の注射器などが散乱し、床にはトランペットが転がっていた。
一時帰宅したルーカスが目覚めると、ラジオが意外な人物の訃報を伝えていた。チェット・ベイカー、享年58歳。伝説的なトランペット奏者である彼が、なぜアムステルダムの場末のホテルで転落死したのか。投身自殺なのか、それとも何者かが関与した事件なのか。すぐさま捜査を開始したルーカスは、最初にチェットのマネージャー役を務めていたピーター(ティボー・ヴァンデンボーア)を訪ねる。
ピーターの証言によれば、チェットは数日前のレコーディングの際に「アイ・キープ・ユー・クロース・トゥー・ミー」を心地よさそうに演奏し、最後のライブでは苦しげな様子で「マイ・フーリッシュ・ハート」を歌ったという。さらにピーターは「ここ数日、彼は魂を失っていた。巨大な暗い虚無感にむさぼり食われたかのように」と、ルーカスに言い伝えた。
次にルーカスが訪ねたのは、フィールグッド医師(アルヤン・エーダーフィーン)だった。ごく最近、ひどい体調で転がり込んできたチェットを手当てしてやったと語るフィールグッドは、彼と親密な仲だったらしい。そしてルーカスは、チェットにはサラ(リンゼイ・ボーチャンプ)という最愛の女性が存在していた事実を聞き出すが・・・。

SONGS 劇中を彩る数々の名曲たち

My Foolish Heart
恋に揺れる気持ちを歌いあげたバラード。作詞家ネッド・ワシントンと作曲家ヴィクター・ヤングが1949年公開の同名映画(邦題『愚かなり我が心』)の主題歌として合作し、アカデミー歌曲賞にもノミネートされた。ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、トニー・ベネットら数多くの人気シンガーが歌い、ピアノ奏者ビル・エヴァンスの名演(アルバム『ワルツ・フォー・デビー』収録)もよく知られる。チェットもいくつかのヴァージョンを残しているが、亡くなる3か月前(88年3月)に収録されたアルバム『イン・メモリー・オブ』における歌唱がことさら印象深い。サックス奏者アーチー・シェップ(当映画では俳優が扮している)との共演だ。
My Funny Valentine
“あなたは決してかっこよくないし、ハンサムじゃないし、しゃべり上手でもない。だけどそこも好きなの。だからそのままでいて。髪の毛一本、変えないで。あなたといると毎日がバレンタインデーだから”。ロレンツ・ハート(作詞)とリチャード・ロジャース(作曲)のコンビが1937年上演のミュージカル「ベイブス・イン・アームズ」で発表した大スタンダード・ナンバー。もともとは女性の主人公が自分の彼氏“ヴァレンタイン”に歌いかけるという設定だったが、チェットが生涯をかけて取り組んだ重要レパートリーのひとつでもあり、『チェット・ベイカー・シングス』(54年)、2度目にして最後となった来日公演を収録したライヴ盤『メモリーズ』(87年)での演唱をぜひ聴き比べていただきたい。
Ev'ry Time We Say Goodbye
“僕たちがさよならを言うたびに、僕は少しばかり死ぬ思いがする。気分がメジャー(長調)からマイナー(短調)になる”。1944年のミュージカル「セヴン・ライヴリー・アーツ」の挿入歌として、コール・ポーターが作詞・作曲した。このミュージカル自体は短期間で打ち切られたが、曲は好評を博し、45年にはペギー・リーの歌をフィーチャーしたベニー・グッドマン楽団のレコードがヒット。ジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズなど人気サックス奏者も取り上げた。チェットのヴァージョンでは、ポール・ブレイとのデュオ『ダイアン』(85年)でのトランペット演奏、およびドキュメンタリー映画『レッツ・ゲット・ロスト』(87年)のサウンドトラックにおける歌唱が絶品。
You'd Be So Nice To Come Home To
“君のもとに帰っていけたら、どんなに素敵だろうか。君がいてくれること、それは僕の望むものすべて”。第2次世界大戦終結の2年前に制作された映画『サムシング・トゥ・シャウト・アバウト』のためにコール・ポーターが作詞・作曲し、同年のアカデミー歌曲賞にもノミネートされた。チェットはビル・エヴァンスとの共演盤『チェット』(59年)でこの曲をスロー・テンポで演奏し、ギター奏者ジム・ホールのヒット・アルバム『アランフェス協奏曲』(75年)ではアップ・テンポに乗せて軽妙なアドリブを展開。さらに86年の来日公演を収めた映像作品『チェット・ベイカー・イン・トーキョー』では、ヴォーカリストとしての魅力も発揮している。
If I Should Lose You
レオ・ロビン(作詞)とラルフ・レインジャー(作曲)のコンビが1936年公開の映画『ローズ・オブ・ザ・ランチョ』に提供したナンバー。“もしあなたがいなくなったら、星は空から落ちてきて、木の葉は枯れ、小鳥は悲しい歌をさえずることだろう。あなたを失ってしまったら、私に生きる意味などあるだろうか”。ニーナ・シモン、フォー・フレッシュメン(ビーチ・ボーイズやマンハッタン・トランスファーに影響を与えたコーラス・グループ)、チャーリー・パーカー、キース・ジャレット、カート・ローゼンウィンケルなど多くのミュージシャンが快演を残している。チェットのレコーディングでは、『ダイアン』(85年)における解釈が最も知られていることと思う。
Imagination
映画本編では意外なシチュエーションで登場する。ギャングとの会話に歌詞がそのまま引用されているので、ぜひ画面で確認していただきたい。1940年にジョニー・バーク(作詞)、ジミー・ヴァン・ヒューゼン(作曲)が書き、グレン・ミラー楽団とトミー・ドーシーのレコードがそれぞれヒット・チャートで最高3位、最高8位を記録した。チェットの十八番(得意曲)のひとつであり、『チェット・ベイカー・カルテット』(53年)ではこの曲をインストゥルメンタルとして、『レッツ・ゲット・ロスト』(87年)ではヴォーカル曲として解釈。映画のセリフにも登場する“ディック”こと、リチャード・トゥワージクとの貴重な共演盤『インディアン・サマー』(55年)収録テイクも貴重だ。

Cast キャスト

スティーヴ・ウォール Steve Wall (チェット・ベイカー)

アイルランドの伝説的ロックバンド「The Walls」「The Stunning」のボーカルとしても活躍する俳優・ミュージシャン。主な出演作に『ホール・イン・ザ・グラウンド』(18)、『ネイルズ-悪霊病棟-』(17)などがある。

ハイス・ナバー Gijs Naber (ルーカス刑事)

2014年に主演したコメディ映画『The Peter Pan Man』で、The Golden Calf2014(オランダ・ナショナル・フィルム・アワード)の最優秀男優賞を受賞するなど、オランダを代表する実力派俳優の一人。主な出演作に『ウォリアー』(18・未)、『誘拐狙われたハイネケン』(11・未)、『LOFT -完全なる嘘(トリック)-』(10)などがある。

[主演スティーヴ・ウォール インタビュー]

もともとチェット・ベイカーのことはよく知っていましたか?
私はチェット・ベイカーのアルバムをいくつか持っていて、彼の音楽を聴いていたんです。この役の準備のために、チェットの本やインタビュー、オンラインにあがっているコンサート映像など、自分で見つけられる彼についての情報はすべてリサーチしました。彼の声は独特で、歌う声も話す声も私とは全く違ったから、まずは声とアクセントを学ぶのに多くの時間を使いました。彼の声はハイピッチで、とても鼻声で、対して私の声はもっとバリトンなんです。声のピッチを変えるために、鼻にコットンの詰め物をして、鼻声を作ったりもしました(笑)。彼のことを知りアプローチするためのプロセスは本当に楽しかったです。
トランペットはもともと経験があったのでしょうか?
トランペットは一度も演奏したことがなかったので、撮影中はずっとレッスンを受けていました。実際に演奏しているように見せるため、指使いとブレスをひたすら学びました。とにかく本物に見えるようにしたかったから、プロのトランペッターが映画を見ても私が実際に演奏しているように見えると思います。トランペットの3つのバルブのどこを押さえるかを書き込んだチャートシステムを作ったんだけど、チェットは目を閉じて演奏するから、撮影時には細めた目でそれを見なくてはいけなかったから、それにはとても苦労しました(笑)。私自身ミュージシャンで、メロディーを覚えることには慣れていたから、それは大きな助けになったと思っています。
演じてみて改めてチェット・ベイカーというミュージシャンをどのような人物だと思いますか?
チェットは、やはり音楽の天才だと思っています。ある意味、彼は多くの音楽を記憶にすることに貢献していると思います。彼のトランペット演奏は卓越しているし、それは、まるで彼の声のようです。しかしながら、彼のドラッグ使用と最終的にはヘビーな中毒で、彼の人生と彼に近しい人々の人生を地獄にしてしまった。当時、ジャズ・ミュージシャンたちの間でヘロイン使用は流行していて、沢山の人が亡くなったけれど、何人かはそれをやめることが出来ていた。チェットは何度もドラッグを辞めようとしていたけど、たぶんサポートが十分ではなかったんだと思う。彼はいろんな意味で不完全な人間だったけど、音楽があるから愛されてもいた。だけど、ドラック中毒者は、いつもまわりに身勝手な行動をとってしまう。チェットは彼の伝説的なその立場のせいで、他の人に対して優位に振舞ったり、処罰を免れたりできていたのだと思います。

Staff スタッフ

監督:ロルフ・ヴァン・アイク Rolf van Eijk

ユトレヒト芸術学校を卒業後、TV映画の監督・脚本家として活躍。人間の生活にロボットが欠かせなくなった世界を描いた『T.I.M. ―ティムー』(14・TVM)で、タリン・ブラックナイト映画祭2014の最優秀チルドレン映画賞にノミネートされるなどの評価を受ける。本作『マイ・フーリッシュ・ハート』が、長編劇場映画デビューとなる。

トランペット:ルード・ブレールス RUUD BREULS

1962年、オランダ・リンブルフ州ウルモント生まれ。カウント・ベイシー・オーケストラを聴いてジャズに開眼し、ロッテルダム音楽院、アムステルダム音楽院等を経て、96年オランダ最大規模の合奏団であるメトロポール・オルケストに参加。その後ジャズ・オーケストラ・オブ・ザ・コンセルトヘボウ、ボブ・ブルックマイヤー(マリア・シュナイダーの師のひとり)率いるニュー・アート・オーケストラを経て2014年からドイツ・ケルンのWDRビッグ・バンドでも活躍。晩年のチェットお気に入りのドラマーであったジョン・エンゲルスとグループを組んでいたこともある。最新作はサックス奏者シモン・リヒターとの双頭作品『ライズ・アンド・シャイン』(2019年)。

ピアノ:カレル・ボエリー Karel Boehlee

アメリカ有数のジャズ・ブログ「ジャズ・プロファイル」で“オランダ・ジャズの秘宝”と賞賛された人物。1960年、オランダ・南ホラント州ライデン生まれ。独学でジャズを学び、音楽院在籍中にデビュー。母国のジャズ・レーベル“タイムレス”から84年に初アルバム『スウィッチ』を発表したが、日本ではヨーロピアン・ジャズ・トリオの初代ピアニスト(88~93年)として一大ブレイクを果たした。その他ジノ・ヴァネリやウィントン・マルサリスとも共演、ベルギー出身の伝説的ハーモニカ/ギター奏者トゥーツ・シールマンスのバンドに在籍した最後のピアニストでもある。近年の演奏は前述の『ライズ・アンド・シャイン』で楽しめる。

ギター:マルティン・ヴァン・デール・グリンテン Maarten van der Grinten

1963年、オランダ・リンブルフ州シッタートヘレーン生まれ。9歳からドラムを始め、12歳でギターに転向。ヒルフェルスム音楽院で重鎮ウィム・オーヴァーガウにジャズ・ギター奏法を師事し、80年代後半にはニューヨークのマンハッタン音楽院に入学した。帰国後、リタ・ライス、フリーチャ・カウフェルト、ローラ・フィジィ、ベンジャミン・ハーマンなど数々のトップ・ミュージシャンをサポート。ブルースや現代クラシックにも活動の幅を広げて現在に至っている。代表作は日本でも絶大な人気を誇るギター奏者、ジェシ・ヴァン・ルーラーとのデュオ・アルバム『ナイン・ストーリーズ』(2010年)。

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